佐々木漣 ブログ 漣の残響

闇の中に詩を投げろ

総動員

不要な葦たちの錆びきった拘束具が外される

暴動化する情緒の鳴動には気にも留めず

砲弾をきっちりと死亡診断書の無人機となるため義勇の中に誤魔化し規則的に提出ばかりを求められる猿轡の心の臓はとどめを刺されても気付かず動き続けている

余りにも美しかったこの土地の地政学的な恋愛模様のみが 見えない境の赤い線を引き何人の許可も得ず別離が成立していく

相続は血に流れる独立心の沙汰と確認行為を日頃から怠らずよくよく流れる川の河口で彼らは障壁障害を乗り越えた

寒冷な夜をやさしくはない伴とした狼の遠吠えに戦々恐々とする叫び聲を正しく顰める

じっとじっとじっとじっと眠る艶肌を伝うことで持ち切りの刃物の先に映る毒素兵の瞳はもうキラキラしていない

熟慮公案を反転させる大きな樹木はその葉を繋然と掌に根毛せしめ僥倖とのべられる幹の下にも含羞はない

祭を描く集団自決訴訟のように自意識が果てるまで行う絶頂点の火縄銃で亡き者になるまで縛る痛感を一度きり

体外まで貫くような生臭い倫理観に及ばされる想像力がない と嘆け

 

いつの時代も始祖蝶として変態しようがない若人の危機感と巨大で決して見えはしない影と翳の存在とを人類の微幕から抹殺する言葉なき神憑りとしながら

多産であることが美徳なる公民度に再び別の循環をもたらし泪を波に波濤に呑み込ませる諦めを告げる砲煙弾雨にまで至れ

もはや掌は米つき飛蝗の押収の餌食となり茂る肢を大きく広げられたこの村の存亡であることに対し気付かないふりをする見事な俳優劇は如何で

 

未確認の不干渉な櫓から火矢が止まりようのない放物線となり轟音は咲く

誰彼構わず蛋白質のスープこそがごちそうになっていく自由とはいつだって誰かの傲慢が創る傀儡によって敷かれた操作の行末である

切実に読むことができる出血で記した新しい表現がそこここに遺骸として葬られもせず猜疑心を潤す

 

「子」が乏しき閾値のまさに「太陽」となりその船灯をかざしながら地平線が臨界した暗闇を航行する

天照す海を支配するここからの風の出自よ或る日没がこの山に架かる瞬間にこそ明日が万人に降りそそぐのだ

顕在は呻きつつ天にましますこのもっとも輝く祝日に黒い怒涛の翌日に雨土塊を破らず敗北を初めて受け入れ説諭そのものが放免された

だからこそ狭き門は陥落しあゆなす壌土を虹彩に遷すことができる

 

私は手を差し出すぞ、さあ

真実

ヒステリー種族

 

融通の利かない試薬を何錠も掛け合わせ堆く硬質な壁を築いているこの大きな肯定は余剰人員を抱えることを排他的にしながら長らく生きたという理由で濛々たる絶縁体を脊髄に打ち込み深くはあり得なくなる感情を浮遊させながらその非理性を出来るだけ有効的に苦しまずに傷つかずに否認をせずに支離滅裂になる口語体を吹き出しのように音声にもならないまま虚無主義と失神しようとしている首長へ黒タイツを被せ歩行可能な外付け小型大規模収斂記憶装置になり見えない磁力で廻される度に己が成長の速度と捉えたがるかつての犬公方取りで下着の下までもめかしこんでいる未だけがらわしい真皮を電通する我が身の広告を嘔吐することがどれだけの快楽かを知る必要もないまま育てられているこの倉庫からあの倉庫へと滑る車輪は骨だらけの公道を砕き大事故の夜を何那由他回と再生させながら巨大動力源の変動率を上昇させることに成功している航跡がどれだけ不確かな自傷行為であるか分かれないままほとんど惑星のような隕石に引導を渡された静物を掘り起こして優勢思想を上書き保存させる理屈さえも餌食にし合意できないヒステリー同士の条約に群がる蠅を好しとすることも興味のない者同士による平和として存じ上げず正しさほど「詩」に招かれる客人となるより明確な特別さもなくあらゆる覇権主義の質問権はもう金箔一枚の価値もないのだからどの惑星へ今更移住しようというのか? お前の想像は。「フロンティア」という単語は辞書から赤いメスで綺麗に取り除かれている。

 

 

 

神(刑)学

 

禁止されない愛欲憎悪とは「異端者のフォーク」では赦されない貴族女の乱痴気謝肉祭で催される焚火の陰った生温かさが伝わる同志として異世界転生の夜に漂いながら白く紫ろく豊か嫋やか艶やかなる薫りが花の一輪から溢れる未知なる完全培養を抱きたいのだと言葉ではないものを諸手で裂いて一緒に解け溶けゆくあの海溝の雪にしてしまいたい同志は夏にどれだけでもサイコな時間をぎりぎり秋穂を拾う遺言すべき空間へと遷都する術があまりにも在りすぎて硬く大きく奥深くまで射精されていたい萎れ丸みを帯びた鯨の目が見たヴェルヴェットの生命は死にあらゆる平均律で近い描写として天国への五線譜をへ音記号からト音記へ上下動しながらその趨勢により書き換えられる「数世紀の本」の存在を独りで認め見初めた二乗を繰り返し多大な飛躍を昇華していく誤謬ほど物体性の保持は不可能でいくつもの多角的即効性によって赦免されてはならない内部に神経することで余すところなく実現させてしまった私は魔女ですね。おやおや。嗤いながらとても退屈な学問を腹に据え付け下している。「アビウコ(われ撤回する)」。

 

 

 

真実

 

誠から叫びを捨て切り捨て決定できる短い胸への距離の取り方を帯びずにお前は血肉の飢えを友としてきたのか? それは誰の腰にも帯刀している魂であったものはもはや無味乾燥したものしか切らないのか? 自在さの横たえることのない身代金の洗脳中でもって毀損させる民による活動を生活の一部へと代入する野性味を現実味へ味覚させていくその調理のごとき話法はひとつの叩き売る商法を手法として効率化させなおも対話型人工知能の実装により身勝手に学び取り渦となるもう家を持たない資金調達の行間速度によりいつだって裏を取らず「ウラ」の概念を消失し陸も海も空も脳も仮想現実世界も1次元から11次元まで発想可能の求め得る限りの空き地を無骨なまでに即物的な宣戦布告をしながら買い上げアインシュタインさえ学べない生徒たちの起こす大量生産の自己肯定感が戦後の高層ビル群・タワーマンション主義を堕落なまでの幻想として引きずりおろす一大契機は鬨の声を上げ何億ものスケープゴートを電線の糸から吊るし厳しき太陽で幾度も干すことによって銀狼の毛並みとして男も女も肉も草もが春秋混合する「夜のソドムとゴモラ囲い」は歴史上の偉大な構内図の入り口への定期券として必要な不死を辿る者に彷彿させていく赤毛を逆撫で神を持つ猿となる推察申し上げますの手で手で手でどんな矢を用いても天変なる火炎の手前で敢え無く燃え尽きてしまうあらゆる十人の芸術家の外在化した罪こそをもたらすへりくだる壁をまるで一個体の倫理のように手厚く崇めながら「弦(つる)」が掃き溜めで白い鶴を真実にするしかもう可能性はないこの振動を感じるかロトよ。

 

孫をみつける

新大久保の路上を昼間から指を絡ませ歩いている

初夏の気持ち良い空に抜ける鳥の捩れる舌は

曹達割りの檸檬が半月となる薄汚い居酒屋の陰影で

細かに震えている中身は未だ少女のままかもしれない

娼婦はわざとらしく朱にまみれ覗く前歯の沁みで淫行へ導く

 

体を売ればもう商品目へ分類されるのであり

体を買えば旅行用鞄に自分を入れた密輸業者と成る

暖色多湿の内腑に吞み込まれ昇降機の中で耳を舐め合う番

硬い陰毛より堅い男根を直に握らせる盛り

紳士面の心理に心裏を隠せない場所で

増強剤のような噴霧器の音を耳で甘受し

皺を伸ばしながら何台か盗撮用機器を正確に設置する

寝台横に置いた避妊具の下に

細い糸のように加工した十字の針が

避妊具に穴をあけて娼婦を孕ませる

とても、エレクトするのだ

信仰の精子がうようよと対岸の一点へと泳ぎきる

 

この世界の最善の好意は人間を根本から壊すことであり

どのような主義の本質も決まってここで息を吐く

体汁は納得から没頭へ麻痺させる薬液で

愛情ではなく行為の果てに飲む海水にむせる

果実になりきれない濫觴

八十一年ものの男根は、日に三度決まった時間に口笛を吹く

素手で剥いた鰐梨に卵白だけを加え攪拌し氷にする

それで漂白した葡萄の混合酒を飲み干すともうただの動物

それはもうただの骨髄反射へ陥る

嬌声が無眼で鳴ると人の間仕切りが地獄として煮えたぎり

破片からあの遠き大陸の夢を接着させていく快癒と成る

年齢が亡くなる万能感の他私的な幕が開ける失楽の狭間で

ふぁっくをファックでFUCKする集合たち

ふぁっくをファックでFUCKされる異母たち

 

黒白の部屋で人形と成った七十七歳の老婆を満足させる

翌日の寝台にひとつ年齢の落ちた脚が開いている

少しずつ白松葉独活のように伸長する

痛がり敷布の鮮血になる仮面好きの白粉たち、

つけまつげたち第一次採用の二重たち

さくらを唄って別れなさい肉体の定額制予約共有の教場の

番号のふられていない雨に満ちた尻軽の把手を捻る書斎は

壁じゅうに8Kの表示装置が貼り付けられ

白色のくちびるが血色を失った人形が

その名を叫びながら三十四糎の喜望峰に挿され絶命を訴える

 

首に樹木の鎖を巻き付けぶら下がっている

三十三年間行方知らずだった四歳児の皮が細長く滴る

エレクトしながら

なおも強く握りしめながら恫喝者として

微々としたそのふくらみに私は、孫をみつける

抽象化

引き金は微弱な温度の変化で引かれた

意識を残したら生者ではいることができない

奪ったその反動の渦中で奪われていく巡りたち

針は進められるが

時間そのものをチクタクと産み出せはしない

後から決める人類史は簡単な人工物でしかなく

ことわりのない権力のアンソロジーにすぎない

まばゆい光であろうとする太陽と名乗りたい者は

月光を知らないまま

引力の魅力を知りたがらないまま

食前酒に滅ぼした町の名を冠して愉しむ

 

潮時に多くの命が曳かれていく

空所に引っ張られていく音の群れが

ほのかに甘かった性を生として老い果てる

激しい肉体の音源を辿れば何度も所在不明になり

産まれたその瞬間から世界との通信は過去形で

協調することで絶滅を逃れてきた

しかし越境した先々で

わかり得たのは潤沢な破壊と

害をなしている鑑と

飛躍したがる科学の利用

賭して空転する天蓋の危機だけが問題な今

誤魔化しの算段が

日々の暮らしにまみれている

変化そのものの中にいすぎると

気付きようがない事実が徐々に沸騰する

我々は井戸で茹でられていく蛙(かわず)でよいのか?

 

神の戸籍は抹消され、地上はもう浮かばない楽園

黒雲が核を耕し絶叫の金銀がさんざめく

祈りが命を断っています。どうしますか?

慈愛が自己弁護しています。どうしますか?

正義の母数だけが増加の一途を辿り

狂い咲きが普遍へと移行していく

溜息を漏らす寸暇もなく蒸発していく紺碧の七海

あらゆる真夏に後日が訪れようとしている

 

理解する間もなく数字は冷酷に告げる

語り部の声に張りはなく

伝承の壁画は皹だらけで継承されず

スコールで嗄れた尺度が海抜を測るばかり

 

父母が

祖父母が

黙していく砂塵の実る森で

墓標のように陳列されているのは

褪せた空き缶であり、国籍のないペットボトル

虫が鳴く秋の日角さえもが人質の仲間入りとなる

 

屍の荒野を燻して回転している星がここにある

降らない雨空に虹が架かる

それは生活の狭間で顔を出す奇跡ですらない望み

かつては七色の色彩を持ったという

あなたには何色に見えるだろうか?

その中に戻るため

みなが同じ虹彩に戻るために

私は悪魔と旅に出るべきだろうか?

選択の余地はないのだが

未だに足は選ぼうとしないのだ

さざ波を静かにしながら幕張の浜辺に座る夕暮れ

広告費国庫負担

眩しいほどの熱気が上空で回戦を繰り返し

命を命でないものにして揚力を倍加する

空が自らを強姦し、もう同じ姿には戻れない

「歴史」は史実や体験とは別の媒体で

誰もが売り渡されてきた輸血の痕跡

それでも、私達は卓上に置かれてしまう

鵜呑みにして良いのか、迷って欲しいのか

普遍や確かさは、グローバリズムに畏まって

「価値」以外の何者でもないと気付いた

暑すぎる夏に「彼ら」は新しいエアコンを

部落者のように集合させ

表計算ソフトで結合させていく

《配送料は無料です》と謳い文句を添えて

 

クレジットカードの数字が一斉に

人格を持ち始め、

借財を求め、

アイデンティティーを要求する

言葉はシステムに奪い取られ

魂やら、愛やらは、

きれいさっぱり削除された

 

時間だ

タイムカードに労働量を刻印され

ホームとか呼ばれる

何処でもない場所へデフラグされる

本当は戻れないのに

戻される

寒い冬のはじまりは暖かい暖炉を囲んで

愉快な愉快な罵り合いを行おう

塩基配列のように規則的な

自殺者の死顔にエクスタシー

眼球にぶち込んでやった黒色火薬

信条の違いを盗聴できるよう

産まれてすぐに脳に埋め込まれた

薬剤師達

 

サムズアップして溶鉱炉に消えた幻を

いか

けてつ

くりだし

たげんざい

はしふとしな

いままげんざい

であらんとするだ

ろうもうなにがふり

そそごうとももうなに

がおしよせようともけん

りょくはじんみんをつなみ

にはしないそのまえにそにっ

くがこうかしてじょうかしてし

まうだろうあちこちでめにはいっ

てくるこうこくでしんじつはそのよ

うにあちこちではりつけにあいつづけ

ているかつてユダがその手にとったぎん

かよりももっともっとかるくあさましい火

&&&&&&&&&&&&&&&&&&&火

 

眩しい熱気達があの丘の十字架を焼いている

臭いに耐え切れなくなった

ドッグノーズが破壊だけをひたすら祈り

猛進を始める

奇跡だけは捨て去られ

空は自ら回戦し、

もう同じ位置には戻れない

「ざまあない」と次の支配者が君臨する日

表決

「罪には罰を」と書き記した白票を投じ

鬱屈した温室で育った記憶のばらばらが

列車内で自らを噴霧した

自分の将来の右胸を貫く

ジョーカー気取りの地を這う毒虫

握り潰された無名と知られたくなくて握った

刃渡り三十センチの柄を失った血みどろの鉾

陪審員の悲鳴がその頭蓋で共鳴したものの

望みは一滴も降り注がなかった

お前の恐怖も

勝手な強行も

この世界では君臨できない

嘆きにもなれなかった天蓋は漆黒に堅いまま

 

TVは与党の優勢を伝える選挙速報に

なみなみとその財力を結合させ

お前は鼻垂れた細長く青白いテロップと同列

模倣は検索によって高度化されていくが

その恐怖体験は水のように薄まっていく

昨日、私たちは危機からの逃げ水で

今日、お前は道路に撒かれた

打ち水に過ぎなかった

責任転嫁の呪縛を足枷にしようとも

高速で走る車に弾かれる屍となるだけ

父なる、

母なる、

者であったはずの重圧で。

メディアは誤字と誤報を買春することで

悦楽共犯者に証明書を与えていく

正しさとは何か、宗教は答えない

門が崩れたのだから

誰かがいま一度、歯向かうのだろうか?

その命を宿命にして

泥棒に売り渡した代価で

小さき灯火を勇気と呼び直すべき時に

 

暴力に対し逃げろと教わったことはない

しかし脳は逃げることを

自らを律する法案を通し続ける草案を

書き続ける

 

誰も開けてくれないドアがある

無暗に「希望」だけが語られていく

下を向いた子どもには未来を紡げないらしい

表決が下るが

傘がない時代

男にも、

女にも、

ずぶ濡れに慣れていける環境が整えられる

 

それでも愛する者の頬に傷をつけないため

十五分間、誰だって英雄になれ得る

ポケットに押し込んだ瞼を開きさえすれば

技術に乗っ取られた命題が革命を起こせば

誰もが明日を見通せないのだからこそ

拳を暗闇に撃ち付ける者が賭する

生きる意味が復活しないこと、を

存在が透明になりながら、昇華され得る

 

ジョーカーは二枚しか存在しない

それ以上のルールは存在しない

トランプゲームなど

廃墟に捨て

凍えはじめた夕陽に臨みながら

落ち葉をかき集めて、親しい者と

本当の火と煙の使い方を学ぼう

甘い芋を頬張り思い出すのだ

誰の心にも置いておける

古い手紙のように長い夜の時間を

一日の終わりの供養として

独居

萎れた女を看取った朝日が、やけに眩しく感じる

人であろうとした最後の自由を叫ぶ痛みが

砂を被ったガラス戸を突き抜けて、皮膚を直接刺している

檸檬の棘が皮下から突き出すあの感覚

一月だというのに室内は暑く、額に大量の汗をかいている

指先から滴り落ちるほど、内包する熱の暴発が生じ

残酷だと呼ばれていた死が、何故か白色の救いに見える

つい、一時間前まで呻いていた口は、固く閉ざされ

何もかもを内側へ固めていく無人性が逆光を儚くし

青い唇は、さらに変色していく

 

どんなことも共有できるものと思い込んでいた、若い頃

背を向け始めた中年期。そして、子どもたちの死。

速い流れに捉えられ、川で同時に二人が溺れ、

どんなに泳いでも手の届かない命となった

「あなたが死ぬべきだったのよ」と女は葬儀の後に渇いて、

命の水だから、とウォトカに溺れるようになった

私は仕事に身を沈め、メスを握る手に一層の正確性を求めた

外科医なのだ、私は

にもかかわらず、あの時

簡単な救護措置さえ行えず、頑なな檸檬のように震えていた

ただ、頼りなく、ぶるぶると

何度再生したか知れない傲慢さが

自己の中で矛盾し、微増していく自家中毒

 

女が私を刺したのは、それから何十年目だろう?

冷たい雨の叩きつけていた夜半の黒いアスファルトを、

何故かはっきり覚えている

女はよく研いだ牛刀で私の背中を、柄まで深く刺した

痛いとも、まずいとも感じず

左の腎臓か――。助かる。

そんな想念が、医学的事実が、

神経を走り脳に伝えるだけだった

私は女が崩れ落ちるのを、瞬きもせず、見下していた

「のっぺらぼう」と大声を発し、女は意識を失った

私は自室の鏡を覗き込みながら、裁縫道具で自分だけを縫い

冷凍庫で冷やしている女のウォトカを一杯だけ飲み干した

とても冷えていて、傷口から滲み出るような気がした

 

くも膜下出血だとは微塵も気付かず

錆び切った関係の中で、女はもう息を引き取る寸前だった

初めてのフラッシュバックが訪れ

私はあの川に佇んでいた。向うに黄泉がある、あの川に

混乱から生じた3D画像のように、自らが具体化されていた

私もまた過去の住人となり、忘却の復讐に遭遇したのだ

何もできない人間、とあなたは笑うだろう

女は辛うじて一命をとりとめたが

それは血を分けた子どもたちが届けた、

不遇という慈悲に満ちた導きでしかなかった

六千メートル以上ある人の海溝をより深く掘削する

ふさわしい権限を有していた

 

「妻」を庭で焼きながら

佇立したままリビングでその光景をじっと見つめていた

法による罪人と、人間としての罪人

それを隔てる白線は誰がひくのだろう?

飲み込まれたならば、独りでしか出てこられない、

出口のないホテルに泊っていた

子どもたちの納骨をした後、二人で薄汚いホテルに入った

避妊もせず、それぞれが自分を不埒に枯らせるため

あれが最後の身体だった。いや、誰も抱いてはいないのだ

ぬけがらを互いにかさっ、と握り潰しただけ

それが、今、ぱちぱちとはじけているに過ぎない

 

味のしないインスタントコーヒーを飲み終えて椅子に座った

天井から一匹の蜘蛛がツーっと降りてきた。細い絹糸で。

ひとしきりその赤黒い複眼で周囲を認識すると

エアコンの微風に吹かれるように転がっていった

 

独居だったそれぞれの心

今日からは身体もそれを伴にするのだ

埃だらけのこの家が、すっかり壊れてしまうまで

男は掃除など、決してしない