佐々木漣 ブログ 漣の残響

闇の中に詩を投げろ

パンデミック

中庸が失われていくという自覚はあるか?

原罪の開花に負けていく、まっさらな鳥が鳴く

警鐘は快楽を前に斬首され、帰らぬ人となった

もはや、透明性のない神の手では

安眠できる場所を検索することはできない

聖櫃が埋まっているという、使い切った荒地を彷徨えば

人を喰らう略奪者に屠られる

猛毒の指がさしたその先に乱反射する太陽

ほら、あれがこの世の正体です

言葉以外で記憶しておきなさい

 

苦悶の色を忘却し、仮想空間に沈没する頭の膨らんだ男たち

逃げ込んだ圧倒的自堕落の世界が限りなく広がる

彼らは既に宇宙を創造している

空っぽにした彼らの頭蓋骨こそ産みやすい、新たな子宮なのだ

穢れに浸かった、高密度の時間を開放してしまったら

未知の病を、どれだけ産み出せるだろう?

斃れた人々が黒々とした樹木になっていく

ほら、あれが美しい国の正体です

豊かな想像力の行く末です

 

そして、スペイン風邪のように罹患していく爆発的巡礼

しかし、その行く先は誰も知らない

風にはためく生きにくさは、場当たり的な流行歌を製造し

切ったり、張ったり、過呼吸になったりしながら

その危険性を、誰も学ばない

「有名病というハッシュタグから、私を見つけなさい。

 東京で、ニューヨークで、ロンドンで、パリの街角で」

もはや情報に時差はない

世界は同時進行で書き換えられていく

それはもう人類の新しい肺腑だ

 

曇天の重さから降ってくる、しょっぱいだけの現実

資金繰りの失敗が、外灯でだらんと首を吊っている

それが沢山の救世主に見える

一分間だけ、朝日が洗う逃れの町で、

人は今、裸か?

誰も嘆かないその壁を前にして、

身体がばらばらになった時、心が一致した

自分を守るための唯一の手段は、本音を飲み込んで死ぬこと

血の瓦礫で燃え盛る憎しみの火を対岸から担いできて

なおも清算されない複雑な歴史に、難聴を注ぐ

それを訳せばただの殺し合いだが、

人の震度は、日に日に軽くなる一方だ

 

ハッキングされ、頭蓋骨で産まされた子

あらゆるデバイスで溢れかえる虚像の数々

それを小さな聖櫃に入れ、思想のない世界を

ストリーミングで見る、奇跡が滅んでいく場所

首のない鳥が鳴く朝。他人事であることだけが、瞳に刺さる

挿入歌

私は歳だけをとり、

眠れない自分の中へ

少年を幽閉した

月明りだけで伸びる身長

何の満足にもならない、

マスターベーションのくり返し

白昼夢の中に入って、逝ったお前の死は

あまりにも響いた

 

走ることしかできなくなった鳥

心の傷というものは、

やすやすと、ふさがることはない

巨大な食虫植物として

ねっとりとした紅色の口を開け、

私自身を捕縛する準備をしている

私もまた、何かが起きるのを空想の中で待っている

 

偶然という弾を込めて

リボルバーをまわし、

こめかみを撃つ、

うつ病患者

叫びたかった

ただ叫びの中に入って泣き喚きたかった

空砲の真夜中にはインスピレーションという、

音符のゴーストが詰まっている

 

まだ寒い、未明の誰もいないスタジオで

お前の作った曲をテレキャスターで弾いた

見えないバンドが、勝手に私を少年に戻す

過ぎ去らなければ

その意味を汲み取ることのできない日々

さようなら、を歌え、と

新曲になっていくお前の遺作が、喚く、がなる

しぼりたての

不協和音が次々と降ってくる

やがて土砂降りとなり、そして去った

掌にはシンプルなCが残った

それだけが残った

 

お前のギターで弾き続ける誰かの挿入歌

誰もその意味を永久に理解しないだろう

使命を終えた時に、耳から飛び立ってしまうから

鯨の詩

虚しさで腹を膨らませて、貪るのは夢の死骸
君がもがき苦しんで書いたその言葉は、海に沈んで、
僕には届かなかった
生きる理由をさがしていた君は、
結局それを見付けることができたのか?
メタファーを地図にして、
海の砂漠を渡りきれたか?
点々と続く無人島に漂着し、
一時の暖をとる時に、
君は、その炎にのみ安らぎを感じるようになる
もはや冒険を必要としなくなった君
そのノスタルジーさえも忘れつつあった
宝物も、それを探しに出た人々のことも、忘れてしまった
遠い時間の彼方に
破れたマストに叙述された、
手紙とも、日記ともつかない、
長い長いメッセージ
僕には届かなかった
深い深い海の底で、
時間をかけて濾しとられ、
溶けて行った
広い広い海の中で
鯨の耳に届いたろうか?
二千五百キロ先まで届く、
彼等の詩になったろうか?

シャッター街

かすかに瞬いているアーケードの光

鈍色の月が示す

追憶とはわずかな破壊であり

安穏とは常に不安に挟まれてきた

死にそこない

 

誰も使わない公衆トイレの便器に頭を入れて

溺れ死んだ、クリーニング屋の店主

私はその財布を盗んだ

タマゴをひとつ買い求めるために

 

貨幣経済を信用するのは何故だろう?

いつ教わったのか、身につけたのか

答えが出るまで、

考える時間はそれほど残されていない

締め切った、昔の洗濯板のようなシャッター

それが転移していく

一度滅んだ電飾はそれきりだ

路上詩人が真夜中に吠えている

ランボーの詩集を広げ

 

きっとつぶれた古本屋で

三十円で売られていた

何度も嫁に行った

何度、縁を切られた?

その度に香りが増す

 

生と性とが近いのは、

みっともない生き方が快楽に値するからか?

何十年も前、

数学の試験で探求した生きる意味

あの答えはなんだったか?

結局、生きることは数字化されたのか?

だとしたら私は過去に追い抜かれて赤字だ

 

時間の観念が崩れた砂の時計

父親に、生きてくれと願うことが、

これほど酷薄だとは

もう虫の息だ

最後のシャッターを降ろしたとき、

自分を恥じた

世界中で私だけがここにいる

そう感じた

 

溺れる以外にやることがない

皮膚の下に名前のない蟲が走っている

躰をくねらせ移動する感触

刺しても刺しても死なない諦めの数々

 

売れ残った日本がここにはある

酒に溺れるだけの夜

餓死した鼠に蠅がたかっている

腐臭が生ぬるい風にのって

落書きさえ劣化した

シャッター街を抜けていく

 

気づかれないように、死なないように、幸福であるように

夜の横断歩道を駆けて渡る

声を出す間もなく視界から消えた猫の様な手

ありふれたアスファルトが、トリミングされ

大手を振ってやってくる一人分の空白

右折する車に巻き込まれないよう

エアバッグを備えるべきは、

歩行者の方なのかもしれない

 

罵るのはいつも広げすぎた自由の方で

曲がりきれないカーブで横転した

森の中に逃亡した何者でもない顔の集合体

そこに祈る相手などいないだろう

懺悔にも圏外がある

若い男が青白い言い訳を持って出頭した

死にきれなかった、と大抵は言う

 

怒りがないかと問われれば、

傷だらけの嘘になる

淋しくないかと訊かれたら、

宙に浮いたままになる

死なないように、笑ってきた

ずっとずっと笑ってきた

原罪のネガを持ち歩く私は、

氷山の一角だ

被告人が立ち上がる

判決が言い渡される

沈黙が私を通り抜けた

 

《他人は諦めて前を見ろというが、

なぜ俯いて歩いてはいけないのか?

獰猛さを知らず、刮目した事もない正義》

 

裁判所で捨て鉢を拾った

朝と夜と昼と夢とを、破り捨てた場所で、

私だけの原理がざわつく

安寧とともに私も、

犯罪者になりたい

 

死んだ魚の目を土にして

美しく艶やかに、花が咲くことを信じる

誰でも嬉しいだろう運命と溺れ死ぬことは

気づかれないように、

死なないように、

幸福であるように、

私はこの仕事の準備をする

誠よ、君が存命なら

化け文字の法律など知らずにすんだろう

 

今宵、捨て鉢で育てたナイフを懐に忍ばせ

新月を見上げてそっと宣戦布告する

やって来た粛清の波

足首から誘う土用の波

中身のない主役はもう終わりだ

さあ、神様ごっこを始めようじゃないか

あの子の好きだった、

かごめの唄を唄って

もしも死にたくなってしまったら

もしも死にたくなってしまったら、
僕を起こしにおいで。
深い夜や、盲のような霧の時、
サイレント映画について長いお話をしよう。
暖炉のある部屋で、掌で影を作って再現しよう。
短編小説家の、ひと時の寸劇。
誰も死なず、誰も損なわれない物語を、毛布のように君の肩に掛ける。
すぐには暖まらないかもしれない。
君を暖めるのは君自身の体温だから。
膝を抱えてごらん。
長く息を吸って、吐いて。
スペアミントを入れた熱いミルクを一口飲んでごらん。
サウンドトラックが必要なら、書棚を調べてみて。
少ないけれど、同じような思いがそこには込められているから。
オルガンと雪の降る音で作られた小節。
胸に手をあてて、そっと呼吸を合わせてみて。
もしできるなら、君の話も聞かせて欲しい。
昔の話だっていい。
あわい初恋や、初めて人を殴った時のこと。
痛みを覚えて、優しさを知った時のこと。
何だか作り話みたいだと、
大仰すぎやしないかと、
自嘲した君の微笑みは、
とても愛くるしい。
時計の針を気にしないで、
時間に意味を持たせることはないよ。
それはただの時間だし、
それ以上のものじゃないから。
夢や希望は瓦解したと君は言う。
ジェンガのようにあっさりと。
やり直しがきかないことだってある。
でも、やり直しちゃいけないわけじゃない。
たとえ死ぬ間際だとしても。
君がここに残していけるものは必ずある。
心の内に投影した、夢のシルエット。
彼らとのダンス。
次の日も、その次の日もそれは続いていく。

お父さん

立ち飲み屋でお父さんは死んだんだ

お母さんが「お父さん、お父さん」と叫んで

僕と妹も「お父さん、お父さん」と叫んだ

僕たちはお父さんの足を引っ張って家まで連れて行き、

合掌してから、その身体をすべて平らげた

「これが供養なんだよ」とお母さんは鼻水も一緒に、

たまっていた精液さえ飲み干したのだ。