佐々木漣 ブログ 漣の残響

闇の中に詩を投げろ

メフィストフェレスの自殺

老婆を叩き潰したその内省は解脱した

 

見開いた、

壊れた瞳孔で見たのだろう

彼だけの真実を

彼だけの前を通り過ぎた

せむしの様なメフィストフェレスの姿を

 

現代でも惨劇は、

慈悲や救済という名に匿われ

壊れた人の上を白昼堂々歩いている

善人が悪人になるのはもはや自明の理で

修辞がこんなにも無味乾燥している

 

今、メフィストフェレスは待っている

街路樹の古い切り株のようにじっと

何を?

清く輝くこと、ではない

箝口令のしかれた暗闇、でもない

どこかを彷徨っている混沌を

彼はそこでしか安息を得ることができない

疲れたと言っても有給休暇はなく、

次から次へと

どこの馬の骨だかわからない人間の後を、

ついて回らなければならない

もう、疲れた

一人では身が持たないこの頃の、

分かち合えない事件事故に

こんな魂のないご時世に

 

パンドラの箱を開けたのはどこのどいつだ

同情をかいたかったこの俺か

後悔は先に立たないから沈んでいく

「生きにくい社会」と誰よりも叫びたい

打算が空を飛んでいる

彼らがはじけ、黒い雨はきっと降るだろう

奇形が隔離される列島

奇声をあげ続ける理想郷の赤、青、黄色

 

望んだ混沌が訪れた

その中で融解する「」

盗んだ希望も一緒に

即興死す

 枯れ果てた早朝の空気の中。過呼吸の怒りに頼って、アンガーのハンマーで叩き潰そうとした貴方の目が止めた、「私」という肥大した主語の塊。毎晩、射精した血で黒すぎる経血のような精液の残り香が貴方に生を贈っていた。晩冬の風が寄せて引く波を夜の港に降ろす怒りを錆びだらけの鉄の錨に交換した。沈んでいく無駄な即興死の群れ。バイバイ、GO BY。貴方の好んだうしおは血の味しか含んでないこと、そのことがまことの意味性のありようで、時ばかり渦巻くだけで、尖ってはならない。貴方は毎晩、稲妻の驕るしじまに落ちることを恐れていた。気圧で一人、ただ狂うことさえ捨てなければならず、きっかり、午前一時から始まる発作は海底の砂を握るより無駄なのか? 私は腹を刺し、斬首したい沢山の文字を堆積してきたはずなのに、刮目した目に書かれた遺書を何通も宛先なく送る分裂する貴方の自己愛が作ったはずのものの影を、いつも薄くて触れないでいた。間に合わない! 肉体の痛みが逃げないように、麻薬で必死に手錠する。

 死亡診断書は家庭の国境を消して消え、着信音が着地する場所を忘れていくガラケー。どのようにカルテを整理しようと最期はデジタル化できないのだから、焼きすぎた思ったより太い骨に、看取った喪失感に、最期の青い花束を持たせよう。私は生の後悔を何度も買った。鋏を入れたクレジットカードで。不死は死そのものであるから年は誰でもとりたくはなく、壮年という発音だけで壮年が砂利のように埋め立てられていく医学用語の出る港。嫌っていた大きすぎるSHIPの切符をもいで処理したはずなのに、未だ死にきれない映像は重い煙として、十三階から飛び降りたギリギリの理性。残された。それは自殺者のように今もって進捗している。どこかで再会するのか? 失った名を辺土のような病として、貴方だけのものにした貴方と。腐った林檎を齧り、私の妄想の膨張には終わりがない。「俺」という虐殺は「私」として活版印刷のように細胞を日々破滅させていき、頭痛しか起こさない厄介者の赤い海水を点滴しようか。貴方が溺れていたバッカスの水。そこを私も泳ごうか。

 自分で釣った魚の命を鋭い包丁でさばきながらも、背後から迫りくる暮らしていけない真実が、先に潰れた生活を黒い墨で追い詰める。明かされた残りものの少なさ。足りない全ての生理反応の、業の密室的愉快さをわかってもらえない異人として暴露していた、しらじらとした天井は、何故崩れなかったのだろう?

 さあ、今こそ発光させよう。午前九時に逝くまでの自分をかけた発光ダイオードとしての最期のサインとして。私は貴方が息を引き取る時にたった一度だけ交通整理をした。この唇と両手の圧力で。切れた「息」とその「子」の為に。ありがとう。激痛の走る心臓、確かに貰いました。命は大切ではないと知り、即興がただこの時を持って、死んだのです。

ラヴ

どうか笑い続けて

どうか息をし続けて

君と家に帰るために

中古で買った、よく走る黄色いビートル

 

今があるという繰り返しは絶対ではなく

時代はいつだってゴーストかもしれなく

けれど、この古いレコードで

Let it beで

逝く前に振り返って

失うものを失わないように

ときどき、記憶を抱きしめるから

ときどき、幻覚として抱きしめるから

 

あの日光の下で、そよ風を知り

父親にしてくれた腕の中の体温を、知った

それが二人の仕事だった

語彙の量など必要としない

ただ、わかること

何ひとつ遠慮はいらない

僕は強くつかむ

直喩でも隠喩でもないぬくもりを

ポケットに入っている記録の確かさに託して

花にして、種にした

 

飛ばされていく綿毛

風、風、風

聴こえてくる歌

振り返らずとも僕を前におしやろうとする

現実を現実で切り開いて

真っ白いかまいたちで切断された

正確ではなくなった花時計の秒針の山

刻まれなくなった時間の錆

 

何処にいるのか、もうわからない僕に

降り注ぐ雨に似た涙の結晶

それを、どのようなことをしてでも

「意味」として守り抜こうと

4B病棟のトイレの鏡に誓った

何処でもない僕の自意識の中心で

守り抜こうと誓った

日蝕のように、やがて悲しみを忘れ、

君に出した返信が宛名不明で戻ろうとも

目が沸騰している

外では、激しく憂鬱が降っている
声を伴わない孤立をはらんで、窓辺をたたく
壁紙は剥げ、黒い黴の臭いに満たされた部屋
自分が自分とぶつぶつ話している
そうしていないと盗まれるのだ
思考も、思想も、地獄でさえも
彼はいよいよ四十歳をむかえてしまい
もはや自分の名前すら書けず
自作のパソコンに向かってキーボードを弾くことが
蜘蛛の巣に囚われた、彼の発する「声」なのだ

毎日、何らかの督促状が届き
彼は鍋で煮て、それを食べる
もう、自我を保つ家賃は払えず
少しずつ沈没していくほかなく
既に、カーテンの向こうはこの世じゃない
無限に更新されるもうひとつの世界だ
内省が内側から鍵をかけた
清算された、完全なる逃避への片道切符
自分で自分を演じてきた虚構に、自由を与える

《幸福を感じたことがない、ICUの私》

彼はカワイソウなのか?
みんなのニュースは、凄惨なカワイソウが好きなのか?
それなら今すぐ悲劇のドアを叩きに行け
彼を肯定しに行け
無事では帰ってこられないという覚悟で
貴方は自分の手で、他人を救いに行けますか?
嫌気がさす、と本当は知っている
誰もこんな「救済」へなど参加したくない
こちら側にある正しさで、扉の息はこときれた

ああ、目が沸騰している
彼の目が、沸騰している

涙腺でボイルされた蟲が
巨大化し、ベッドで跳ねている
エビぞりになって弾け、何匹も自殺していく
滴る、黄土色をした死の死骸
貴方のすぐ隣にも在る自意識の末期

今夜も、誰かの声なき悲鳴が聞こえないだろうか?
最後に発した、首が脱臼する音に似た、あの声が
どうか、耳を澄ましてください

天秤

母国語のような命綱が、切れそうな時
死ぬほど苦しい、白黒の言葉を吐き出せ
ちらつくテレビジョンを見る苦しい生活
その白黒の言葉を吐き出せ
手遅れを、手遅れにしないための方法論は、
人の溜息を食すケモノに飲み込まれ、消えた
サスペンスはない、人生のサスペンデッド
「明日も今日が続くのか」という、
汚染された絶望感が、黒々とアスファルトに染みて、
大量のマジックリンでも、こそぎ落とせない

むせ返る黒い球体となった蠅の群れが、
生き物の内臓まで侵食する不毛の土地
聖書の一節に挿入すべき厄災は、我々自身か?
殺虫剤で殺されていく、アフォリズムの群れ
文明が信仰を飛び越えた
道のりは、もう人間の閾を出たのか?

あの場所に向かい、石棺をつくるため
投票で選ばれた教師が、
大きな背中を背負って出発した
確かではない事柄は、
不確かな人間の感触にゆだねられた
今、ここで、命は道具でしかない
祈る家族に幸福は訪れない
満天の星空を見上げ、
いくつもの十字架をチョークで繋ぐ
ただ家族を想い、
子どもを守りたいと願っているだけの殉死
一瞬だけ空を焼く流れ星に願ったものは何か?

天秤の上に落ちた淋しさは、どの民族と等価か
おもちゃのように壊れた人間性は誰の涙と等価か

肺を絞め殺す痛み。褐色の雪が降る。
それは詩、し、私、現代の死。
今日、白いチョークを握った手だけが帰ってきた
それだけがやけに、真新しかった

額の広い科学者が、その手を買いたいと言う
金と秤にかけて、人の不幸を買いたいと言う
妻は何を売ったのだろう?
朝から躊躇いをジンに混ぜて飲みほした
絆の破戒、という名の酒を飲みほした

神は死んだのだから、
もうその天秤を使うのはやめろ
人間よ、お前は神ではないのだから
死へ向かう路銀を量ることは誰にもできない

何枚でも刷れるコピー機で印刷した傷

きっちりと採寸し
自分だけの服を一着、
つくろうと思う
それは毎夜遅くまで働く私であり
間男のいる妻に怒ることもできない、
やけ酒をする私であり
大切にしてきた切ない思い出のつまった
私の肉体
心の肉体

通勤するたくさんの悲哀
罅だらけの現代史は、
彼らの習慣によってかろうじて保たれている
他人になるため仮面をつけ、
萎びた挨拶を交わす
徹夜をしたエンジニアが
ソファーで烏賊になっている
あぶられているのは人間も同様で
二日、三日と経過すれば、食べる頃合いだ
私も、喰われた一人だ

充血した瞳をしぼり
第三関節まで
喉に指を突っ込んで吐くことが、
ここでは出世への近道で、
罵倒された傷はいつも輝いており、
キーボードを打つ音は見事な短調であり、
私のすべて
上書きされた丘の上の魚は、
混沌でしか息ができない
鏡の中の、くたびれた自尊心が、
酸欠のため、痙攣している

何枚でも刷れるコピー機で印刷した傷
塩をぬっても痛みはしないが
光でボロボロと鱗のように
皮膚がはがれる

もう、未来を殺して
苦しい過去に拘ることと決別したい
始発電車の諦めの後にやってきた
名もなき朝の夢

佇立する人

老いて忘れられていく、
埋没という居場所
狭くなっていく自分の行動
縄張りは夏でも冬でも
炬燵の中で
床ずれができてしまうほど
大量のワンカップで自らを失った

痛みはない
乱れてもいない
何度ナイフで樽を刺しても
感受性は既に死んでおり
黒ひげが飛び立つはずもない

故郷へ帰るのか? その身体で
家族は粛清されたというのに
こころが老いたあなた
時に人は自分で死なねばならないほど
生きねばならない時がある
そんな姿や形が、確かに必要なのだ
美しくもない、正しくもない
中性の優しさが消える
何時だって後悔が、揺れている

あなたの故郷では壊れた北風が吹くだろうか
凍てつく黒い壁をよじ登っては落ち
登っては落ち
あの浜へ辿り着いたときに思うだろう
自分にもまだ感情があったということを
消えたはずの楽園
放棄された美しい国

飛んでいる光に触れると
焦げてしまう
遠くで野犬が吠えている
まるで、あの地震の直前のように
かつて当たり前にポケットに入っていた
軽かったうわごとは
あまりにも重く実現してしまった
何故、林檎を齧った?
あの獰猛な塊がある限り
人の種子は芽吹かないだろう

佇立したままの老人
波がくるぶしを連れていく
「ほら、あそこで妻が、溺れている。
行かなくては」