佐々木漣 ブログ 漣の残響

闇の中に詩を投げろ

ラヴ

どうか笑い続けて

どうか息をし続けて

君と家に帰るために

中古で買った、よく走る黄色いビートル

 

今があるという繰り返しは絶対ではなく

時代はいつだってゴーストかもしれなく

けれど、この古いレコードで

Let it beで

逝く前に振り返って

失うものを失わないように

ときどき、記憶を抱きしめるから

ときどき、幻覚として抱きしめるから

 

あの日光の下で、そよ風を知り

父親にしてくれた腕の中の体温を、知った

それが二人の仕事だった

語彙の量など必要としない

ただ、わかること

何ひとつ遠慮はいらない

僕は強くつかむ

直喩でも隠喩でもないぬくもりを

ポケットに入っている記録の確かさに託して

花にして、種にした

 

飛ばされていく綿毛

風、風、風

聴こえてくる歌

振り返らずとも僕を前におしやろうとする

現実を現実で切り開いて

真っ白いかまいたちで切断された

正確ではなくなった花時計の秒針の山

刻まれなくなった時間の錆

 

何処にいるのか、もうわからない僕に

降り注ぐ雨に似た涙の結晶

それを、どのようなことをしてでも

「意味」として守り抜こうと

4B病棟のトイレの鏡に誓った

何処でもない僕の自意識の中心で

守り抜こうと誓った

日蝕のように、やがて悲しみを忘れ、

君に出した返信が宛名不明で戻ろうとも

目が沸騰している

外では、激しく憂鬱が降っている
声を伴わない孤立をはらんで、窓辺をたたく
壁紙は剥げ、黒い黴の臭いに満たされた部屋
自分が自分とぶつぶつ話している
そうしていないと盗まれるのだ
思考も、思想も、地獄でさえも
彼はいよいよ四十歳をむかえてしまい
もはや自分の名前すら書けず
自作のパソコンに向かってキーボードを弾くことが
蜘蛛の巣に囚われた、彼の発する「声」なのだ

毎日、何らかの督促状が届き
彼は鍋で煮て、それを食べる
もう、自我を保つ家賃は払えず
少しずつ沈没していくほかなく
既に、カーテンの向こうはこの世じゃない
無限に更新されるもうひとつの世界だ
内省が内側から鍵をかけた
清算された、完全なる逃避への片道切符
自分で自分を演じてきた虚構に、自由を与える

《幸福を感じたことがない、ICUの私》

彼はカワイソウなのか?
みんなのニュースは、凄惨なカワイソウが好きなのか?
それなら今すぐ悲劇のドアを叩きに行け
彼を肯定しに行け
無事では帰ってこられないという覚悟で
貴方は自分の手で、他人を救いに行けますか?
嫌気がさす、と本当は知っている
誰もこんな「救済」へなど参加したくない
こちら側にある正しさで、扉の息はこときれた

ああ、目が沸騰している
彼の目が、沸騰している

涙腺でボイルされた蟲が
巨大化し、ベッドで跳ねている
エビぞりになって弾け、何匹も自殺していく
滴る、黄土色をした死の死骸
貴方のすぐ隣にも在る自意識の末期

今夜も、誰かの声なき悲鳴が聞こえないだろうか?
最後に発した、首が脱臼する音に似た、あの声が
どうか、耳を澄ましてください

天秤

母国語のような命綱が、切れそうな時
死ぬほど苦しい、白黒の言葉を吐き出せ
ちらつくテレビジョンを見る苦しい生活
その白黒の言葉を吐き出せ
手遅れを、手遅れにしないための方法論は、
人の溜息を食すケモノに飲み込まれ、消えた
サスペンスはない、人生のサスペンデッド
「明日も今日が続くのか」という、
汚染された絶望感が、黒々とアスファルトに染みて、
大量のマジックリンでも、こそぎ落とせない

むせ返る黒い球体となった蠅の群れが、
生き物の内臓まで侵食する不毛の土地
聖書の一節に挿入すべき厄災は、我々自身か?
殺虫剤で殺されていく、アフォリズムの群れ
文明が信仰を飛び越えた
道のりは、もう人間の閾を出たのか?

あの場所に向かい、石棺をつくるため
投票で選ばれた教師が、
大きな背中を背負って出発した
確かではない事柄は、
不確かな人間の感触にゆだねられた
今、ここで、命は道具でしかない
祈る家族に幸福は訪れない
満天の星空を見上げ、
いくつもの十字架をチョークで繋ぐ
ただ家族を想い、
子どもを守りたいと願っているだけの殉死
一瞬だけ空を焼く流れ星に願ったものは何か?

天秤の上に落ちた淋しさは、どの民族と等価か
おもちゃのように壊れた人間性は誰の涙と等価か

肺を絞め殺す痛み。褐色の雪が降る。
それは詩、し、私、現代の死。
今日、白いチョークを握った手だけが帰ってきた
それだけがやけに、真新しかった

額の広い科学者が、その手を買いたいと言う
金と秤にかけて、人の不幸を買いたいと言う
妻は何を売ったのだろう?
朝から躊躇いをジンに混ぜて飲みほした
絆の破戒、という名の酒を飲みほした

神は死んだのだから、
もうその天秤を使うのはやめろ
人間よ、お前は神ではないのだから
死へ向かう路銀を量ることは誰にもできない

何枚でも刷れるコピー機で印刷した傷

きっちりと採寸し
自分だけの服を一着、
つくろうと思う
それは毎夜遅くまで働く私であり
間男のいる妻に怒ることもできない、
やけ酒をする私であり
大切にしてきた切ない思い出のつまった
私の肉体
心の肉体

通勤するたくさんの悲哀
罅だらけの現代史は、
彼らの習慣によってかろうじて保たれている
他人になるため仮面をつけ、
萎びた挨拶を交わす
徹夜をしたエンジニアが
ソファーで烏賊になっている
あぶられているのは人間も同様で
二日、三日と経過すれば、食べる頃合いだ
私も、喰われた一人だ

充血した瞳をしぼり
第三関節まで
喉に指を突っ込んで吐くことが、
ここでは出世への近道で、
罵倒された傷はいつも輝いており、
キーボードを打つ音は見事な短調であり、
私のすべて
上書きされた丘の上の魚は、
混沌でしか息ができない
鏡の中の、くたびれた自尊心が、
酸欠のため、痙攣している

何枚でも刷れるコピー機で印刷した傷
塩をぬっても痛みはしないが
光でボロボロと鱗のように
皮膚がはがれる

もう、未来を殺して
苦しい過去に拘ることと決別したい
始発電車の諦めの後にやってきた
名もなき朝の夢

佇立する人

老いて忘れられていく、
埋没という居場所
狭くなっていく自分の行動
縄張りは夏でも冬でも
炬燵の中で
床ずれができてしまうほど
大量のワンカップで自らを失った

痛みはない
乱れてもいない
何度ナイフで樽を刺しても
感受性は既に死んでおり
黒ひげが飛び立つはずもない

故郷へ帰るのか? その身体で
家族は粛清されたというのに
こころが老いたあなた
時に人は自分で死なねばならないほど
生きねばならない時がある
そんな姿や形が、確かに必要なのだ
美しくもない、正しくもない
中性の優しさが消える
何時だって後悔が、揺れている

あなたの故郷では壊れた北風が吹くだろうか
凍てつく黒い壁をよじ登っては落ち
登っては落ち
あの浜へ辿り着いたときに思うだろう
自分にもまだ感情があったということを
消えたはずの楽園
放棄された美しい国

飛んでいる光に触れると
焦げてしまう
遠くで野犬が吠えている
まるで、あの地震の直前のように
かつて当たり前にポケットに入っていた
軽かったうわごとは
あまりにも重く実現してしまった
何故、林檎を齧った?
あの獰猛な塊がある限り
人の種子は芽吹かないだろう

佇立したままの老人
波がくるぶしを連れていく
「ほら、あそこで妻が、溺れている。
行かなくては」

埋葬式

形あるものは
いかなる理力によって燃えるのか
熱は時に心を温め、
何故、憎悪に変化するのか
ささやかな芸術として刻まれたあなたの命は、
呼ばれることなく灰燼に帰す

身体に残る障害
こころに残る障害
あなたは何分同情し、何分で忘れたろう?
記憶も記録も劣化してしまう
追いつくには難しい速度で
世界を創ってしまった
構築され
瓦解し
また構築される
バビロンの塔をつくったのは石ではない
言語化できない傲慢さだ

言葉が酔っ払って勝手に喋っている
最初にエピローグが酔いつぶれ、
プロローグは浴びるようにジンライムを飲んでいる
エピグラムは白い家に直談判しに行ったが、
帰ってこない
きっと人買いだろう


贋作ばかりを描いてきた人間にとって、
正しい解釈は、買いたいくらい安価なのだ

この国の埋葬式に集った人々は、
本当の深淵を知らず
言葉の貧困に気づかない
きっと、ずっと、そうだろう
彼らはただここへやって来て、
そして元の暮らしに戻るだけだ
うるさいだけの犬の尻を蹴り上げ
バドワイザーコロナビール
どちらがうまいかを話しながら

国境の壁には何の意志も精神もない
欠落だらけの自己同一性に扇動されている徒労の列
オークションで母国が売り買いされている
理力の燃えていない、もう丸くない世界において、
あなたはひとりで立っていられるか?

大人たちよ

大人たちよ、子どもを外に出せ
泥まみれにして
手足に擦過傷をつけよう
君が大人になっても
虫とり網を捨てないでください
あちこち縫い合わせた八月の風景を忘れないで欲しい
棚田を駆け下り、
里芋の葉を傘にし、
夕立に降られ、
どんな悔恨も葬られた、
一面の自然に消える永久の夏